クンドゥン/Kundun

e0137022_932659.jpg スコセッシ監督の『クンドゥン』を観た。

 1997年の作品なので、最近の情勢は描かれていないが、ダライ・ラマ14世の人生を、歴史、文化、思想・宗教を織り交ぜながら描いた作品だ。

 盛りだくさんだったので、当然あれこれ語りたくなるところだが、ここではダライ・ラマが語った二つの印象的なシーンについてだけ記すことにする。

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 「御仏は人の悪行を水に洗い流したり、人の苦しみを御手で取り除いたり、悟りをただ与えてくださりはしない。人は真理の教えによって、悟りに到達する。真理とは究極の現実。」

 この言葉を聞いて、これはうまいことを言うなと思った。
 世界的に偉大とされる人物の言葉に対して、明らかに失礼だが、なかなか我々ボンジンには到達することのできない「悟り」、つまり思想的な意味での宇宙の真理、あるいは、少し意味合いが狭くなってしまうが、科学的な意味での自然の法則の発見について、さらっとその答えを述べたのだ。

 ・・・と私は思ったのだが、合っているかどうかは不明である。
 この「真理」については、ムズカシイ話になってしまうし、私は簡潔に書くことができないので、こここでそれを記す試みは、はやめておこうと思う。

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 さて、次に印象的だったのはこの言葉。

 「私が今までの行いで積んできた徳の力で、生きとし生けるものの苦しみが、全て消え去るよう願う。」

 これは誰もがびっくりできる分かりやすい言葉ではないだろうか。
 私は驚いた。

 普通、「徳を積む」という表現を使うときは、まあ「徳」をポイントとした場合、自分で貯めたポイントは、自分で使うつもりでせっせと貯めるのではないだろうか。
 それなのに、ダライ・ラマのこの言葉は、貯めたポイントを、最初から自分で使うことなど全く考えていないのだ。

 これはすごいと思った。
 いや、もしかしてこんなセコイことを考えているのは私だけで、みな世のため人のためを思って行動しているのだろうか。

 いやいや、私同様、奇跡的に「徳」ポイントをゲットするようなことがあった場合、実はニンマリとしている人は多いに違いない。
 仏教の中にも、徳を積めば極楽に行けるという考え方があるようだから、あながち私だけではないだろう。

 しかし今後は、「徳」ポイントをゲットすることができた場合は、数パーセントぐらいは世に還元してみるかなと思った。

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 ところで、この文章を読んだ方が、私が仏教徒であると勘違いされてしまうと(されないと思う内容だが)、世の仏教徒の方々に申し訳ないので記しておくと、、私はどの宗教にも信心を寄せていないフトドキモノだ。
 しかし、ひとたび自分ががピンチに陥れば、古今東西あらゆる神々に必死に救いを求めることにしている。
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by mountaineer_d | 2010-10-17 09:40 | 映画

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